氷川丸で台湾帰りの夢二を想う


締切迫る挿絵動画「夢二 台湾の印象」(9月16日完成予定)のシナリオ制作のため、イメージをふくらまそうと横浜に向かいました。
1933年(昭和8)、夢二の本土帰還には靖国丸が使われましたが、氷川丸はこれと同じ1930年に建造され、ほぼ同じ11000トン級の貨客船でした。両船とも当時は最新鋭の船とされていたようです。
展覧会で絵が売れず、予定していた船にも乗り遅れ、結核に侵された病身をデッキチェアーにゆだねて海を見つめる夢二を想像しながら、しばし90年前に思いをはせることができました。

夢二と台湾

大正時代を象徴する存在である竹久夢二。彼は画家のみならず、詩人等としても多くの作品を生み出し、恋と旅を重ねた生涯を送りました。死去する前年の1933年、夢二は2年余の米欧の旅から帰国後すぐ台湾に渡航し、台北で個展を開催しましたが、絵は売れず、帰国船に乗り遅れ、絵等も全て紛失するという不運に見舞われました。これは、この事象をもとに、波乱に満ちた夢二の生き方に関わって行く新たな試みのプロジェクトです。